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アイデアを、チームで育てる ── チームにおけるAIの役割

2026.10.01 R Agile Studio

私の元生徒さんの1人から聞いたエピソードです。

あるプロダクトチームで、メンバーが1年以上、マネージャーに同じ提案をし続けていたそうです。「売上だけを見るのではなく、そこに至るまでの中間の指標にも目を向けたい」。何度伝えても、話は前に進まなかった。

ある日、AIを使った研修の場で、同じ内容がAIの出力として画面に出ました。マネージャーはそれを受け入れました。メンバーたちは、安堵したそうです。

私はその場にいません。後から聞いたエピソードです。したがって何が決め手だったのかは、本当のところは分かりません。それでも、このエピソードはとても印象に残っています。

「AIはすごい」ではない

私がこの話に引っかかっているのは、このエピソードが語っているのがAIの精度や力の話ではないからです。

ここで起きたのは、おそらく、アイデアが提案者から切り離されたことです。同じ中身でも、「メンバーたちが1年以上も言い続けていること」として置かれるのと、名前のついていない出力として置かれるのとでは、テーブルの上での扱いがよくも悪くも変化します。

たとえ誰かがある素晴らしいアイデアを持っていても、アイデアをカタチにして育て続けるのは、チームみんなの仕事です。アイデアとその所有者がくっついたままだと、アイデアについて純粋に議論することが、誰かのモチベーションを下げるリスクがある。だから切り離す。

でも、これは新しい発見ではありません。アイデアと個人を切り離すことは、チームでゴールに向かって物ごとを進めるうえで、もともとずっと大事にされてきたことです。

私たちはそのための道具を、何十年もかけて作ってきました。例えばデザインスプリントのアイデーションで、まず一人で黙って書くこと。貼り出すときに、誰が書いたか分からなくすること。誰が言ったかではなく、書かれた中身だけを見て投票で絞ること。どれも「人とアイデアを分ける」ための、ささやかですが即効性のある発明です。

AIはその最新のひとつの手段にすぎない、と私は思っています。新しい話ではなく、ずっとやってきたことの続き。ただ、効きはより強い。付箋には隠した名前が残りますが、AIの出力には最初から名前がありません。

育てたあと、チームで引き受ける

ここで止めると、危ない読まれ方をします。「じゃあ責任も消えるのか」と。

消えません。説明責任も個人からチームへ進化します。

個人から切り離す → チームでカタチにする → チームで育て続ける

プロダクトづくりはこの3段階が基本の型だと私は思っています。個人の名前を外して自由に触れるようにしたアイデアは、「これは私たちがやる」と引き受けないと、実行されないまま終わります。AIが出した案なら誰も傷つかない代わりに、誰も動かない。それも起こりうることです。

まだ、答えは持っていません

今年に入って3社でコーチングのセッションを重ねてきましたが、「これで全てが解決した」という状態は、私自身の現場も含めてまだ見たことがありません。

ただ、誰かの名前がついたままのアイデアが、中身とは別の理由で扱いにくくなる場面は、自分のセッションの中でも何度も見ています。

それでも、1年言い続けた人たちがようやく安堵できた、というこの話を聞いてから、その安堵がもたらした影響をしばらく考えています。通った瞬間よりも、そこに至るまでの1年のほうに、おそらく人間がまだ向き合う必要のある本当の問いがある気がします。


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